対馬仏像問題をわかりやすく解説!韓国の言い分の法的根拠は?

対馬で起きた仏像問題について「韓国の言い分に法的根拠や正当性はあるのか?」という視点から、出来るだけ簡単にわかりやすく説明させていただきたいと思います。

まずことの始まりは2012年までさかのぼります。

長崎県対馬市の寺から仏像が韓国人窃盗団によって盗まれました。

その仏像が韓国で発見されたのです。

日本の寺の主張「仏像は日本のお寺にあった物だから、すぐに日本に返却してください」

韓国の寺の主張「仏像は昔、韓国にあった。それを日本によって略奪された。よって仏像は韓国の物である。よって日本に返却する必要はない」

これが日本の寺と韓国の寺の主張です。

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そして韓国の裁判所が「仏像は韓国の物である」とした根拠が以下の通りです。

「過去に仏像が略奪や盗難など正常でない形で対馬に渡ったものとみられる」

「韓国の寺の所有であると充分に認められるので、韓国の寺に仏像を引き渡す義務がある」

このようになっています。

この対立を「感情を抜きにして、論理的に客観的に科学的に」考えてみましょう。

まず「日本の寺から盗まれて韓国に渡った」というのは「現在」のことであり「100%」事実です。

論理的に客観的に科学的に考えて100%日本の物です。

なぜならば「証拠」と「根拠」があるからです。

それに対して「仏像は昔、韓国の物であった」というのは「想像」です。

「願望」とも言えます。

なぜならば「証拠」と「根拠」がないからです。

証拠というのは「客観的な証拠」のことです。

日本や韓国の書物などに、この仏像が昔、確かに韓国に存在していたなどの記載があるのであれば、韓国の言い分もまだ理解できます。

しかしそういった客観的な証拠は何一つ韓国側にはありませんでした。

日本から韓国へ仏像が盗まれたことは「100%客観的な事実」です。

ですが仏像が以前韓国にあって、それが日本に盗まれたということに対する「客観的事実は0%」です。

つまり韓国の裁判所は「事実に基づいてではなく、感情に基づいて判決を下した」ということになります。

これはもはや司法ではありません。

ありえないことですが、もし現在において、韓国の寺から仏像が盗まれ、それが日本で発見されたとします。

そして日本で裁判になったとします。

その場合、日本の司法は100%の確率で韓国への仏像の返却を命じます。

日本の韓国への感情は、はっきり言って悪いでしょう。

しかし裁判に感情は関係ありません。

裁判というのはあくまでも客観的な事実を元に判断を下すものだからです。

これが司法の正常な姿です。

「好き嫌いという感情は裁判とは別次元の問題であり、それらが裁判には影響を与えてはならない」

ということです。

しかも今回の対馬仏像問題はユネスコが定める文化財不法輸出入禁止条約にも接触します。

同条約では盗難文化財の原則返還を定めています。

そして日本も韓国も同条約を批准(サイン・署名)しています。

つまり簡単に言いますと韓国の裁判所の判決は「国際条約に違反している」ということです。

日本にも韓国にも「国内法」があります。

日本には日本が、韓国には韓国が定める独自の法律があります。

ですがユネスコもそうですし、国家間の条約、そして国際法などは「国内法より上位である」というのが世界各国の共通認識です。

つまり、国際法の方が国内法よりも上であり優先されるということです。

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よく考えてみれば、これは当たり前のことです。

国単位で考えるよりも会社単位で考える方が分かりやすいかもしれません。

ここにAという会社があるとします。

そしてBという会社があります。

A社とB社はビジネスで取引をすることになりました。

そこでA社とB社は書面で契約を交わしました。

これはA社とB社という会社同士の約束です。

この約束はたとえどちらかの、あるいは両方の社長が変わっても有効です。

A社の社内にこの契約に反対の人間がいたとしても、それはA社の問題です。

仮にA社内で何か問題が発生しても、それはB社には関係ありません。

A社の社内問題であり、A社が解決する義務があります。

A社に問題があったからといって一方的に契約を破棄することは出来ません。

それは会社同士の契約というのは最上位に位置するからです。

またそうでなければ会社同士の取引は出来ません。

つまり他社とビジネスが出来なくなるということです。

たとえ社内にどんな問題が発生したとしても、他社との契約を優先する。

そうであるからこそビジネスというのもが成り立つのです。

日本には日本国内で問題があります。

韓国には韓国国内で問題があります。

ですが、それはお互いの国内問題です。

お互いの国が独自で解決する義務があります。

今回の対馬仏像問題は、日本の法律でも韓国の法律でも「違法」です。

仮に韓国の法律で合法だったとしましょう(窃盗を合法だとする国などありませんが)。

しかしたとえそうであったとしても、国内法の上位概念である国際条約であるユネスコ条約に違反しています。

ですから、韓国にどんな国内事情があろうとも、条約に従って仏像を日本に返却する義務があります。

韓国という社内で、社員がどれだけ反対していても、条約に従う義務があるのです。

そうでなければ、条約に加盟してはいけません。

条約にサインをするということは条約を守りますと宣言することと同じだからです。

つまり今回の対馬仏像問題は、日本の国内法でも、韓国の国内法でも、その上位概念であるユネスコ条約に照らし合わせてもみても、法的根拠や正当性というものが100%存在しません。

なのになぜ韓国に仏像を渡すという判決が出たのかというと、繰り返しになりますが「韓国の司法が事実に基づいてではなく、感情に基づいて判決を下したから」です。

これが今回の問題の全てです。

いかがでしたでしょうか?

出来るだけ分かりやすく簡単に説明させていただいたつもりです。

「モヤモヤしていたけど、よく理解出来てスッキリした!」

こう言っていたげければ嬉しいです。

読んでいただき、ありがとうございました。

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